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源頼朝安房渡海の上陸地

 
 
 石橋山の戦いで平家方に敗れて箱根の山中を逃げ回った後、真鶴沖から漁船で黒潮分枝流に乗って
ほぼ1日半で房州にたどりついております。いわゆるこれが、頼朝の房州渡海です。上陸地については洲崎説と鋸南説があります。前者は海流説、後者は古文書説です。科学的歴史学によれば、海流説の方がより正しいと考えられます。

源頼朝は、治承4年(1180年)伊豆・石橋山合戦で敗れ、漁船で部下2人と敗走し、この地、洲崎に上陸した。

安房で源氏再興を期して、北上した。
頼朝が洲崎に上陸したことは義経記と源平盛衰記に記載されている。
 
 義経記
折節風激しくて、岬へ船を寄せかねて、二十八日の夕暮に安房國洲の崎といふところに御船を馳あげて、
滝口の大明神 明けくれば 洲の崎を立ちて・・・

 源平盛衰記
漕げや、急げ、とて安房國洲崎を志して落ち行ける程に、飢を休めて、その後風やみ波静かにて、
船を出して安房國洲崎へこそ漕ぎ渡り給ひけれ。



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